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 セーラは一六個目をレーザーブレードで破壊し、自立兵器の爆発で生じた破片をPAで受けた。PAは砂嵐のために減退していたが、まだ有効だ。
 セーラは鳥瞰レーダーに残る光点を数える。
 あと四つ。そのうち三つは行動を共にしていた。
 囮か、それとも本物が味方と合流したのか。
 ニナの指示があればもっと楽だったのに。
 そうセーラは光点を見ながら唇を動かす。
 まだ電波障害は続いている。砂嵐の中にいる限りつきまとうのだろう。
 セーラは喉の奥までこみ上げてきた酸っぱいものを再び胃に戻し、むせた。
「最後の四つだ。気を抜かないで、行こう」
 セーラは一気にカタをつけようと、先に二つの光点の方へ行く。
 ブーストで三〇秒ほどの距離だ。
 そして統合制御体が光点の詳細を捉え、セーラは安堵した。
 軽量二脚のACがブルーネクストに銃口を向けていたからだ。同行しているのは移動式の指揮車とミサイルキャリアを装備したトレーラーだった。
 セーラはマシンガンの弾倉を替え、交戦に備える。冷静さを失っていない。少なくとも自分ではそう思っていた。
 軽量二脚がレーザーを放ってくるが、それは砂塵で拡散して威力を発揮しない。
 これで終わる。
 セーラはマシンガンを撃ち放し、ACと二両の軍用車両を文字通り蜂の巣のように無数の穴を穿つ。
 ドライバーが生きているはずがない状態になっても、セーラはトリガーを引くイメージを止めなかった。
 弾数が一〇〇発を切り、セーラはマシンガンの構えを解いた。
 予想通り、レーダーに残る最後の光点は動きを止めたが、セーラは戦いを止めない。まだ別の稼働機体である可能性が残っている。
 ブルー・ネクストはOBで最後の光点を目指す。ほんの数秒だが、OBの速度では砂塵も大きな障害物となる。水の中で歩くようなものだ。PAも削れ、速度も出ない。
 そして再び統合制御体が光点の詳細を伝えた。また鉄骨とトタンで作られたデコイだった。
 セーラはダッシュでその機体の目前に行くと、不快感と苦痛の全てを追い払わんとばかりに、レーザーブレードで薙ぎ払った。

 次の瞬間、セーラは何が起きたのかわからなかった。
 轟音、目も眩むばかりの閃光、大地の全てを揺るがすような衝撃、自分を中心に広がっていく巨大な波……幾らでもたとえようはあるだろう。客観的に説明するなら、エチナコロニーに残された全ての爆薬が爆発し、一気に蒼いネクストを襲った衝撃だった。
 最後のデコイはトラップのスイッチだったのだ。
 OBでその衝撃から逃れようにも、肝心のリンクスの精神が限界近くに達しており、セーラが脱出の意志を統合制御体に伝えるのがコンマ数秒遅れた。
 そのコンマ数秒の遅れと、上空の膨大な量の砂塵、そして風速五〇メートルの圧力が、爆発の衝撃から逃れることを妨げた。
 衝撃波はPAを減退させ、八方から飛来した対空ミサイルが、ブルーネクストを襲った。
 砂嵐の中でのミサイル命中率は極めて低いが、エチナに残された全てのミサイルをかき集めたのだ。百数十本ものミサイル群の中で、女神に微笑まれる幸運に与った一発がPAを打ち破り、ネクストに着弾した。
 統合制御体は被弾箇所の感覚器を切断、リンクスを守り、PAの回復に努める。そしてOBで高度を二〇〇メートルまで取り、砂嵐の上まで出る。
 砂嵐の上には、雲一つ無い青空が広がり、強い日差しがブルーネクストを照らした。
 なんて眩しいのだろう。
 ミサイル警報は鳴りやみ、セーラは機体の損傷を確認する。失ったのは右腕だけだ。戦闘力もまだ残っているし、充分帰投できる。
 セーラは安堵し、頭蓋全体を覆う痛みが少し和らいだ気がした。
 その時だった。
『逃がすわけねえだろ! テメエだけは!』
 無線から男の怒号が聞こえた。
 センサはもう一つの光点を発見する。
 逆関節脚に換装したシーモック機が、レーザーブレードの輝きと共に、最大戦速で砂嵐から逃れ、ブルーネクストに迫っていた。
 砂の中に隠れていたとはいえ、爆発の余波を受けてシーモック機も中破している。
 砂塵の海の上で、傷つき、輝く粒子装甲を失った新型ACと、傷だらけの従来型ACが向かい合い、刹那の間だけ動きを止めた。
 その瞬きよりも短い時間で、ブルーネクストのセンサとシーモック機のセンサが互いを正面から認識する。
 シーモック機の月光色の刃はブルーネクストを捉え、大きく振りかぶった。
 それは乾坤一擲というに相応しい、一撃だった。



 黄司令はエチナ首脳陣に随伴し、パックスとの協定調印式に出席していた。
 中立のコロニー・フンクムでもアムールでもなくこの街で行われることは、ある意味エチナの勝利を象徴していた。
 今回の協定調印は、武装を放棄し、パックスの軍事力の駐留を受け容れるが、アムールの自治権を尊重し、石油産出の受給調整はアムール側が権利を持つ、というものだ。
 企業に対し、価格を調整できるということは、エチナの財政、そして自治の維持に大きな意味を持つ。
(これもあのレイヴンのお陰だ)
 そう、握手を交わすパックスの担当者とエチナ首脳を見ながら黄司令は思った。

 あの武装解除期限八時間前に開始された最後の作戦で、シーモック中佐はパックスの走狗、ネクストを傷つけた初めてのノーマル乗りとなった。
 だがそれは決して一人の力ではない。
 まずネクストのデータ解析から始まった。
 五年前に遡るシーモック最初の邂逅と、砂漠での三度の交戦、計四回の交戦データ蓄積は世界中を探してもここにしかない。
 ネクストと戦い、四度生き残った。
 それは奇跡と言っていいだろう。
 次に解析された結果を基に、砂嵐の発生を前提にして布陣が組まれた。
 砂嵐の針路にデコイを配備したのはシーモック機の脚部換装の時間稼ぎと精神的に未熟であろう幼いリンクスに揺さぶりをかけるためだったが、それは想像以上に効果をあげた。リンクスがネクストを駆る時、多大な精神負荷を受けるのだと知ったのはこの作戦のかなり後のことであったが。
 ネクストも人間の作り上げたものに変わり無い。
 神の力かと思われるほどの絶大な威力を戦場で発揮しても、生き残り、その力に対処する力をいつの時代の人間も持っている。
 ネクストも歴史の裏舞台だけで戦い、出会った者全てを葬ってさえいれば、文字通り無敵であり続けただろう。
 シーモックは蒼いネクストの両脚を叩き斬ったものの、返す刀で一刀の下に調伏された。
 それでも彼のACにはこの五年間、無敵と思われていたネクストを大破寸前まで追い込んだ映像が鮮明に残されていた。
 そしてその映像こそが、エチナを救ったのだ。
 パックスの世界支配は、ネクストの隔絶した戦闘力による恐怖政治によって成り立っている。だがネクストは四〇機にも満たない数しか稼動していない。
 そのネクストの一機を中破させたとなれば、世界に散らばる民主主義国家群の残存勢力にとってどれほど希望になることか。
 それはパックス・エコノミカにとっては蟻の一穴となる大事だ。
 それこそシーモック中佐が手に入れたかった『武器』であった。

「お互い、生きていてよかったな」
 シーモックはACトレーラーのキャブから顔を出し、見送りに来た徐中尉たちを見下ろした。
「いいえ。中佐が身体を張ったのですから私達がそれについていかなくてどうするのですか」
 徐中尉が細い目を更に細める。
 あの作戦の最中、少ない戦力をやりくりし、徐中尉が自立兵器を誘導、曹少尉と漠少尉がスクラップ寸前のACでシーモックの身代わりについた。シーモック同様、それは死を覚悟した出撃であった。
 だがその捨て身の行動があってこそ、あの勝利を導いたのだ。
「中佐殿はどこに行かれるのですか」
 漠少尉がシーモックを見上げる。
「羽根を広げられる場所までさ」
「中佐にはそんな台詞、似合いませんね」
 曹少尉が真顔で言い、全員で笑った。
「またいつかな」
「ええ」
 シーモックはトレーラーのフットペダルを踏み込んだ。ゆっくりとトレーラーが進み始め、かつての部下達が小さくなっていく。
 またいつか。
 彼のような戦争屋にとっては、淡すぎる台詞だ。
 再び、彼の相棒はキャリアに固定されたACだけになった。
 砂漠に入るとエチナの街が遠くに見えるようになる。
 その脇の滑走路に大型の輸送VTOLが駐機し、寄り添うようにあの蒼いネクストが立っていた。
 もう完全に修理され、砂漠の強い日差しを受け、鈍く輝いている。
 ボロボロのままのシーモック機とはずいぶんな違いだ。
「ちくしょうめ」
 シーモックは悪態をつく。
 そして前を向き、ハンドルを握り締める。
 蒼いネクストはサイドミラーに映り続け、シーモックは煙草をくわえる。
 彼は煙を肺に吸い込むと、大きく、はき捨てるように言った。
「いつか見てろよ。今度は負けないからな」

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