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(レーザー武装を選択しているのか!)
 セーラは驚きながらも、脳裏に冷静さを留め、ブーストで狙撃地点に向かう。
 レーザーによる攻撃はPAの効果が薄い。
 良く研究してきている証拠だった。
 狙撃してきたACまでの距離は僅か六〇〇メートル。ネクストならば瞬時にマシンガンの射程に詰められる距離だ。そしてその後、レーザーブレードで一閃して終わる。
 クイックブースト(QB)の直後、ブルー・ネクストのセンサが砂の中から現れたACを捕捉する。狙撃してきたACは、二度交戦したあのタンク型と同じ上半身をしていた。
 しかし今日はアッセンブルを変えている。
 下半身はスピード最優先の軽量二脚。肩にはキャノンではなく、補助ブースタを装着していた。そして武装がデュアルレーザーライフルとレーザーブレードのみというシンプルさだ。
(ネクストにスピードで勝負するというのか……? ノーマルが)
 研究しているのであれば、あり得ない選択だ。ネクストのオーバードブースト(OB)はノーマルのブースト能力を遥かに上回る。
 だがそれを深く考える間もなく、軽量二脚が突撃してくる。
 レーザー武装が有効だと判った以上、より高効率でダメージを与えられるレーザーブレードで勝負をかけようとしていると考えるのが妥当だ。
 だがネクストはノーマルより速く、ノーマルより大威力のブレード攻撃を行える。
(正面からいって、終わらせる)
 セーラは統合制御体にその意志を伝え、月光色のレーザーブレードを展開させた。



(かかった!)
 蒼いネクストがレーザーブレードを振りかぶったのを目の当たりにして、シーモックは鼓動を高鳴らせた。シーモックには剣を交える気など最初からない。
 蒼いネクストのレーザーブレードが振りかぶられ、電光の如きスピードで振り下ろされんとしたその時、シーモックは進路を僅かに変え、全速力で蒼いネクストの右側面をすり抜けた。そしてそのまま何もない砂丘の彼方へと邁進を続ける。
 蒼いネクストは不意をつかれて方向転換が遅れ、シーモック機に距離を許した。
「徐中尉! 砂嵐の現在位置は?」
『気象予測通りでしたよ。中佐の現在位置から一時方向、一二キロメートル。時速三〇キロ、高さ二〇〇メートル。超弩級の砂嵐です。データ転送します』
「あと一二キロもあんのかよ! 曹! 漠! 準備はいいか?」
『もちろん配備OKです』
『きりきりさせてやりましょうよ、中佐!』
 三人の“元”部下の頼りになる声がシーモックを導く。現在のシーモック機の時速は四五〇キロ。対して追うネクストとの距離は二キロ弱だ。蒼いネクストは短距離武装しかないとはいえ、最大戦速であれば僅か五秒で射程に入ってしまう。
 シーモックはそれを承知で、砂嵐に向けてフットペダルを踏み込んだ。




(逃げ切れると思うのか?)
 セーラはOBで軽量二脚を追う。気になっていたのはこういう訳だったのかと心のどこかで納得していた。
『セーラ、間違いなく罠よ』
「分かっているわ」
 ニナ管制官からの通信を受けるまでもなく、セーラは距離五〇〇と迫った時点でマシンガンを砂地に向けて掃射する。
 空薬莢が飛び、銃弾が砂地にめり込むと、激しい爆発と共に地中から金属の破片が飛び散る。そしてそれがマシンガンの射線に沿って、黒煙の列柱となった。
(地雷があるなら飛ぶまで)
 セーラは散弾地雷の金属片をPAで受けつつ、高度を上げる。
 すると側面の砂地からミサイルが次々と発射され、群となって襲いかかってきた。
 警戒音が文字通り頭の中に鳴り響く。
 セーラはQBで逃げるが、いかんせん数が多かった。ミサイルは数発命中し、白煙と微細な金属片に包まれてしまう。
(ジャマーの一種か?)
 一時的にセンサが死に、統合制御体がパニックを起こす。しかしセーラが冷静に高度を取ってセンサが回復すると、統合制御体は砂地に掘られた塹壕を発見した。布に上に砂を被せてカムフラージュしていたようだ。そこにはミサイル発射台が数基設置されており、まだセーラを狙っていた。
「邪魔だ」
 マシンガンで塹壕を掃射し、瞬く間にミサイル発射台が爆炎に呑まれる。どうやらこれも遠隔操作のようだ。
(しまった)
 セーラがミサイル発射台に気をとられている間に、軽量二脚は八キロあまりも距離をとっていた。
 そしてその行き先には砂嵐があった。
(ネクストも舐められたものね。たかが砂嵐で見失うとでも思っているの?)
 セーラはOBを発動させ、軽量二脚を追う。
 しかしその先には高さ二〇〇メートル以上、幅二五キロにも及ぶ巨大な砂嵐があった。瞬間最大風速五〇メートル……タイフーン級のパワーを持つ地球温暖化現象が産んだ悪夢だ。
 セーラはまだその恐ろしさを知らなかった。



 シーモックは動く巨大な絶壁のような砂嵐の中に機体を突入させ、大きく息を吐く。
 軽量二脚では風速五〇メートルの暴風と叩き付ける砂の影響で進路が定まらない。
 時によろけ、時に機首を振られながらも、フットペダルと操縦桿を操り、シーモックはバランスをとる。
 伊達に四年もこの砂漠で戦っていない。
 砂嵐の中での戦闘も幾度か経験している。
 しかしACの速度は大幅に落ち、二〇〇キロを割り、更に目に見えて落ちた。
 砂に叩かれてセンサが不調になり、砂同士が擦れ合う時に生じる静電気が帯電し、電波障害を発生させる。排気口のフィルタに砂が噛むとコクピット内に熱気が溜まる。砂嵐の中はマシン兵器にとって最悪の環境だ。
 しかしシーモックは敢えてこの砂嵐の中を決戦場に選んだ。
 彼にはレイヴンとしての経験があり、ネクストとの戦闘力の差を埋めるにはそれを生かす必要があった。
 そしてこの劣悪な環境であれば、ネクストの性能も落ちるはずだ。何より、あの粒子装甲を何とかしたい。
 表示がついたり消えたりしているレーダーは砂嵐に突入してくる存在を示す。
 ネクストに違いない。
「そうだ……来いよ」
 シーモックは乾ききっていた唇を嘗めた。 



 ブルー・ネクストの統合制御体は砂嵐によって生じる電磁障害を解析、易々とノイズキャンセルし、センサ情報をリンクスに伝える。
 鳥瞰レーダーに輝く光点は軽量二脚を示す一つから複数……十機以上……に突如増加していた。しかし編隊は組んでおらず、まばらだ。移動方向もブルー・ネクストへ漠然と進んでいるだけだ。ジェネレータを止め、砂の中に隠れていれば残骸と区別はつかない。あのACは砂嵐に自分を誘いこんだのだ。もちろんデコイの可能性もある。だがもしこの辺りにこれほどの戦力が残っているのであれば、後の統治に支障を来す。一つ一つ潰す必要がある。
 PAの表面が砂に叩かれて、徐々に削られていくのに気付き、セーラは唇を固く閉じた。水中と同様にあまり長い間いると作戦に支障を来しそうであった。
『……ラ、セー……聞こ……』
 ニナ管制官からの無線は受信できない。PAを展開しなければどうにか音声化できたかもしれないが。
 可視領域のみで感じる砂嵐は、圧倒的で全ての視界を遮る暴君だ。セーラは統合したセンサ情報を頼りに前を進む。
 一番近くの対象に近づくと、セーラはマシンガンの射程距離ギリギリでロックオン。砂の壁のような暴風の中に銃弾を叩き込むと妙な手応えを感じた。訝しみつつ進むと、ロックオンしたのが金属パネルと鉄骨、そして自立兵器の残骸だと判明した。戦車型のACを模したダミーだ。移動していたのは自立兵器で牽引していたからだろう。
「弾の無駄遣いでもさせるつもりか」
 まだ敵の意図が分からない。
 油断は死を招く。
 死は全てをさしおいても回避しなければならない。
 セーラは次の光点を目指し、ブーストをかけた。



 時間は稼げた。
 後は待つだけだ。
 シーモックはACの全ての機能を停止させる。動いているのは耐Gスーツの生命維持装置と腕の時計だけとなった。
 起動時間、そして間合いだけが勝負の決め手となる。
 あとはあのお嬢ちゃんの精神状態がどれほど追い込まれているか、だ。
 一四歳の機動兵器乗りだと?
 ふざけるな。
 ……もっともオレももうレイヴンとしてはもうとっくに引退していていい歳だがな。
 オレなんか、とっくに死んでいていいはずだった。
 親しかった、死んだ人々の顔がシーモックの脳裏に浮かんでは暗闇に消える。
 だがオレは生きている。
 今日、この時のために生きていた。
 旧時代の生き残り、翼を休められないカラスの矜恃を示すために。
 砂が流れる音が聞こえる。
 嵐の音は砂が遮っていた。
 あとは待つだけだ。



 一五個目のデコイ(囮)を破壊し、セーラはいつもより激しい頭痛を感じていた。嘔吐感を抑えるので精一杯だ。AMSの適応上限が近い。砂嵐の中の戦闘は、通常よりも多くのストレスを受けるようだ。そしてこの忌々しいデコイもセーラを苛つかせ、ストレスを生じさせる原因の一つだった。
 いちいち遠くから離れてマシンガンで掃射するのもバカバカしくなっていた。
 軽量二脚のACは、もうこの砂嵐を抜けて逃げているに違いない。本物の戦力はこの砂嵐の中には一つもなかった。

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