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 シーモック中佐はカウントダウンを表示するマルチスクリーンを眺めながら苛ついた。
「蒼いネクストの情報がまるでないな」
 移動指揮車の責任者は残念そうに頷いた。
 パックスも停戦明けに紛争が再開すると結論づけ、蒼いネクストを呼び戻すはず……そうシーモック中佐は思っていた。しかし問題はそのタイミングだ。交戦が始まる前ならば中止もできる。停戦交渉が暗礁に乗り上げたのもネクストが撤収したためなのだから。ネクストが戻った場合、作戦は無期延期だと黄司令も明言していた。
 しかしもし火ぶたが切って落とされた直後に、蒼いACが戻って来たら。
 それは最悪の事態を意味する。
 だがそうならないよう、黄司令達は情報収集の努力をしているはずだった。首脳部の判断を信じるしかない。
 カウントダウンが一五分を切る。
 深さ二〇メートル、幅七〇メートルほどの涸れ谷を挟み、両軍が対峙していた。
 この戦いに敗れた方が、主権を失う。だが勝てばパックスに対抗できるかもしれない。そういう戦いだった。
 残り、一〇分を切る。
 全軍の緊張は高まり、自然と言葉を発するものはなくなっていた。
 大粒の雨が天から落ちてきた。
 天からの恵みは、砂漠の乾ききった砂に吸い込まれ、消える。しかしそれは止めどなく降り注ぎ、砂の表面を軽く濡らす。
 ACの装甲を汚していた乾いた砂塵は雨で流れていった。
「全機、天候モードの変更を忘れるな」
 シーモック中佐はマイクで全軍に指令を伝える。オートならば問題はないが、モードが『砂漠』のままであれば、センサの補正やモーションプログラムに影響が出る。
『あ、オートになってないや』
 テンリの声が小さく聞こえた。
『テンリ、無線オープンになってるぞ』
 曹少尉の声もオープンで入る。
『え、なんで? ホントだ〜』
 指揮車内の至るところから失笑が漏れる。
「みんな、何度でもいい。出来る限りチェックしておけ。だが時間は忘れるなよ」
 シーモック中佐も口元を弛める。
 雨は激しさを増し、ところどころに水たまりが出来はじめていた。
 視界も悪化して足元も悪くなり、今までのようには機動できなくなる。濡れ始めの今が最高のコンディションだ。短期決戦しかない。
 カウントダウンは着実に数字を減らし、ついに動くのは秒表示だけとなった。
 蒼いネクストの情報は入ってこない。
 シーモック中佐はもはや祈るような心持ちでカウントダウンを見詰めるしかなかった。



『いいか、僕たちから離れるんじゃないぞ。君の役目は僕達の後方を守ること、そして側面から来る自立兵器を叩くことだ。敵のACが来たら相手は僕達がする。決して無理をするな』
「はい」
 漠少尉の声にテンリは頷く。
 新品だったドライバーシートは訓練で使い込まれたものになっていたが、テンリのACの実戦参加は初めてとなる。シーモック中佐の余剰パーツのお陰でテンリの機体は標準以上の性能を持つ中量級二脚ACになっていた。だが今も機体のカラーリングは緑だ。
『お前が倒れたら、オレ達は背中や自立兵器を気にしなきゃならなくなる。頼んだぜ』
 曹少尉の言葉にも頷く。
 二機の四脚ACが涸れ谷を見下ろす位置に立つ。涸れ谷には水たまりが出来つつあった。
 雨が降って時間が経つと、谷底が川になる。それも激流にだ。
 テンリ機のモニタにもカウントダウンが表示され、一〇秒を切った。
『準備はいいか』
 徐少尉の言葉にテンリは操縦桿を持つ手に力をこめる。
 カウントダウンのゼロが六つ並び、シーモック中佐の声がスピーカーから響いてきた。
『全軍、攻撃開始だ』
 重苦しい雲に覆われた、朝陽のない夜明けだった。
 その雲を貫いて涸れ谷の遥か後方からエチナ、アムール双方から重砲の一斉掃射が始まった。
 黄砂を含んだ雨と砲弾が降り注ぎ、砂漠に爆炎と水蒸気が巻き上がる。
 三機のACは重砲の攻撃を避けて涸れ谷の底へと駆け下りていく。重砲の一斉掃射は布陣を仕切り直すためのものだ。
 当然のようにアムールのACも重砲を避け、涸れ谷に下りてくる。難を逃れた自立兵器も同様にACについてきていた。テンリは敵ACの足元をちょろちょろする自立兵器にマシンガンの弾を浴びせ続ける。敵ACは四機だが、曹少尉と漠少尉は互角に渡り合っている。味方の自立兵器も上手く機能していた。
 決して迷惑をかけてはならない。
 テンリは必死で自立兵器を叩いていく。
 自立兵器のマシンガンの弾を浴び、装甲が削られても決して退かない。敵ACの死角になるよう、曹少尉機と漠少尉機の影になるよう考えながら回避し、自立兵器を撃破する。だがきりがない数に思われた。
『テンリ! 離れるな! レイヴンがいる! 相当の手練れだ!』
 いずこからか、五機目が現れ、漠少尉と相対していた。そのACは軍のものと明らかに違うカラーリングと装備をしていた。
 離れるなと言われ、テンリは漠少尉機と曹少尉機の後ろにつく。漠少尉はレイヴンの攻撃に被弾し、左腕パーツから煙を上げた。
 しかしレイヴンの駆るACはテンリ機を組みやすい相手だとすぐに悟ったようだった。思ったより漠少尉機が手強いのも分かったのだろう。叩きやすい相手から叩くのは戦術の定石だ。軍のACに援護させ、素早い機動で漠少尉機と曹少尉機のラインを割り込み、後方に入って来る。そして左腕にレーザーブレードを展開して、テンリ機に迫った。
『テンリ、退け!』
「いいえ! ボクだって戦えます」
 テンリもまたレーザーブレードを展開し、自立兵器のマシンガンを浴びても、目前まで迫ったACの動きを注視する。
 漠少尉は敵レイヴンを相当の手練れだと言っていた。しかしテンリにはそう思えない。曹少尉や漠少尉の動きよりも、ずっとシンプルだ。
 互いがレーザーブレードの間合いに入った。
 テンリはジャンプをキャンセルし、ダミーの動作を混ぜ、レーザーブレードを揮った。
 敵レイヴン機のレーザーブレードがヒットするが、テンリにはそれを気に留める余裕はない。ブレードを振り下ろし、一瞬、敵レイヴンの動きがひるんだのが分かった。相手が曹少尉ならタイムラグなしに、他の武装を叩き込んでいるところだ。テンリはそのタイミングで武装を切り替え、ロケット砲を叩き込んだ。
『テンリ!』
 曹少尉の叫び声が聞こえた。
 モニタを爆炎が覆い、自分がどうなっているかもわからないが、聞こえると言うことはまだ生きているのだとテンリは理解した。
「生きてます!」
『よくやった! 大金星だ!』
 漠少尉の声も聞こえた。
 激しい雨に打たれて爆炎が晴れると、敵レイヴン機は行動不能に陥り、水たまりの中に擱坐していた。
 だが喜んでいる余裕はない。シーモック中佐の声がスピーカーから響いてきた。
『漠少尉! 退かせろ! 濁流がくる!』
『了解しました。とっとと後退するぞ!』
 漠少尉の合図に、曹少尉機はオーバードブーストで跳躍し、涸れ谷から出る。続いてテンリも上昇し、漠少尉機の後退を援護しながら涸れ谷を逃れた。
 そして次の瞬間には轟音が上流の方から怒濤のように響き渡ってくる。
 砂漠に降った、文字通り土砂降りの雨を砂が吸いきれず、あふれ、暴れる龍のような大瀑布となって涸れ谷を下ってきたのだ。
 逃げ遅れたアムールの部隊は自らの機体高ほどもある濁流に呑まれて下流に流されていく。しばらく行動不能になるはずだ。
 一方、肉眼ならほとんど前が見えない豪雨の中を、涸れ谷にワイヤーを渡して、エチナの装甲強化歩兵の一団が侵攻していく。
 アムールの先鋒部隊は叩いた。
 後は侵攻してアムールを占拠するだけだ。敵のMT部隊が待っているはずだが、最初の山は越えていた。僅かだが安堵感が漂う。

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