BACK | Page1 Page2 Page3 | NEXT ひたすら青かった空が灰色の雲が覆われ始めた朝、シーモック中佐に命令が下された。停戦が明ける翌日の夜明けの時刻をもって、アムールに対し、直接攻撃をかける、と。 シーモック中佐は黄司令に全力を尽くすことを明言し、機甲部隊に詳細な命令を下した。 詰所として使っていた移動式の指揮管制ユニットはトレーラーキャブに繋がれ、数年ぶりに移動の準備を整える。 整備棟では雨期を考慮し、雨中では威力が減退する光学兵器・エネルギー兵器を実体弾兵器に換装。また、砂塵フィルタを通常のものに変更し、少しでもパワーを上げるように工夫を重ねる。漠少尉機は完全に整備され、曹少尉機も元の四脚仕様に戻された。 シーモック中佐の機体はMTドライバーの一人に貸し出され、エチナ・コロニーの防御用に残すことにした。動きが遅いタンク型では慣れないドライバーでは的になるだけだという判断だった。そして配置が決まっていないACはテンリの機体だけとなり、徐中尉はシーモック中佐に相談を持ちかけた。 「テンリを出撃させますか? ネクストが戻ってきたらひとたまりもありませんよ。新人をネクストと対峙させるなど、正気の沙汰ではないでしょう」 シーモック中佐は頷く。 「だがな。あいつは志願してここに来たんだ……その意気を信じるしかあるまいよ」 「今は時代が違います。ACは戦場を支配する力を持っていません。我々の時代ではないんです。忘れたわけはないでしょう? 我々が生き残ったのだって奇跡みたいなものでした。国家解体戦争で祖国がどれほどのAC乗りがネクストに屈し、肝を舐めさせられたことか……」 徐中尉はシーモック中佐が前言を撤回するのを待っているように見えた。 「分かっているさ。分かっているとも。我々だってまだあの忌々しい蒼いネクストが戻ってきていないからやるだけだ。翌朝、本当に戻ってきていないことを確認できるまでは、ギリギリ待つ」 シーモック中佐は苦い顔をする。 徐中尉も同じように苦い顔をした。 「あの子の機体にオレの余っているパーツをつけてやってくれ。オレのしてやれることはその程度だ」 「わかりました」 徐中尉はそれ以上何も訊かず、整備棟に戻っていった。 その日、一日中、エチナは騒然とし続けた。かりそめの平穏が戻ってきたのは、深夜に差し掛かった頃だった。 ただ、総攻撃ともなると国家解体戦争以来の大作戦となるため、緊張して仮眠もとれない兵も多かった。 彼らは若干の酒と豪華だった夕食の残りで騒ぐことなく静かにそれぞれの居場所で時間を過ごしていた。 テンリも眠れない一人だったが、酒が飲めるわけでもなく、語らう相手がいるでもない。漠少尉と曹少尉はベッドに入ると五秒で熟睡してしまった。こういう時、自分は異邦人なんだと痛感する。夜風に当たろうと外に出たのはいいが、雨を予感させる水の匂いが漂う中、あてもなくうろつくだけだ。 ほとんど真っ暗な基地の中、ライターの火を点すのが遠くに見えた。その後も煙草の火が闇の中に浮かんでいた。 「中佐殿」 テンリは歩み寄って声をかけた。 そこは整備棟の前だった。 「少年か」 うっすらとシーモック中佐の顔が見える。 「ありがとうございました。ボクのACについた新しいパーツ、中佐殿の私物と聞きました。本当にいいんですか?」 「ああ。使い古しで悪いが……少しは生き残れる確率があがるかもしれん」 「生き残りますよ、きっと」 「何か戦う理由が見つかったのか?」 「いえ」 「……それにしてはずいぶんさっぱりしているな。まだレイヴンが格好いいとか思っているんじゃないだろうな」 「いいえ……でも今はただ、このエチナがボクの居場所なんだなあって、思えるだけなんです」 「そうか……眩しいな」 「え?」 ここには整備棟から漏れる蛍光灯の微かな薄明かりしかない。 「いや。こっちのことさ。少年、明日は頑張れよ」 「……中佐殿はいつになったらボクの名前を覚えてくれるんですか」 「別に覚えていないわけじゃないが。単に“少年”で定着しただけだな」 「つまり、中佐殿は私を子供だと思っているのですね」 「……まあそういうことだな。明日は必ずオレの指揮に従えよ。生き残りたかったらな。そうしたらその内、少年の名前を口にすることもあるかもしれん」 「はい!」 シーモック中佐の表情は暗くてテンリからはよく見えなかった。 テンリはシーモック中佐の言葉を胸にベッドに戻る。明日の朝はまだ暗い内に起き出して出撃しなければならない。 不思議とテンリは落ち着きを覚え、いつしか眠りに就いていた。 日付が変わってもシーモック中佐と徐中尉は休むことなく作戦の事前準備を続ける。 無人偵察機を低高度で複数飛ばし、アムール方面偵察に出した。無線操作では発見してくれと言わんばかりになるため、機動はAI任せだ。しばらくして返ってきた無人偵察機のデータを解析し、装甲強化歩兵の斥候部隊を見つける。それは進路をエチナ方面にとっていたが、まだ停戦中だ。エチナとアムールの中間点、事実上の国境である涸れ谷で様子を見るに違いない。 アムール側もエチナと同じ結論に達し、エチナよりも先に部隊を進めていた。アムールも戦力を増強させていると見て間違いない。 エチナとしてはこれ以上遅れをとってはならない。休息時間の終了を二時間早め、応戦の準備を整える。機甲部隊が来るのはまだ先としても、戦闘準備だけは整える必要がある。まずはアムールと同様に装甲強化歩兵の部隊を出撃させ、足止めしなければならない。 事態は急速に動いていた。 空がまだ白む前に、アムールの機甲部隊が動き出した。その頃、ようやくエチナの機甲部隊の準備が整い、出撃する。先頭に立つのは漠少尉機と曹少尉機、そしてテンリ機だ。 遅れて徐中尉率いるMT隊が動きだし、最後に装甲車両と装甲強化歩兵の一団がついていく。シーモック中佐がいる移動指揮車はその最後の一団の中にいた。 無人偵察機と各AC、MTからの情報をリンクさせ、解析、各機体に戻し、指示をする。それが移動指揮車の役割だ。二〇世紀末に誕生した立体通信システムは更に進化を続け、装甲強化歩兵にまで完全データリンクが実現されている。パックス時代の指揮官は軍人であると同時にオーケストラの指揮者であることを求められる。 マルチスクリーンに映し出されるリアルタイム映像とヘッドアップディスプレイ(HUD)に表示される数々の情報を把握し、タクトの代わりにマイクとキーボードで機甲師団の指揮を執るのだ。 シーモック中佐は無人偵察機から送られてくるモニタを見つめる。敵が動いている以上、撃墜される危険を冒してもリアルタイムの情報を手に入れる必要があるからだ。 GPS情報を統合すると、彼我のAC隊は涸れ谷のすぐ手前まで来ていることが分かる。MT隊の重砲もとうに射程圏内に入っている。あとは日の出の時刻を待つだけだ。 重苦しく黒い雲に覆われた空は東の空だけぼんやりと明るくなっている。 先鋒はエチナがAC三機、アムールが一機多い四機だ。 支援に自立兵器を展開しているのは同様だ。 夜明け三〇分前。 BACK | Page1 Page2 Page3 | NEXT Vol.1 1 2 3 Vol.2 1 2 3 Vol.3 1 2 3 Vol.4 1 2 3 Vol.5 1 2 3 |