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 「良い子だ。空砲の準備はいいか?」
 天幕の前では漠少尉が拳銃を空に向けていた。そしてシーモック中佐が親指を立てるとトリガーが引かれ、空砲の音に反応して、二機のACが動き始める。
 だがその動きは全く異なっていた。
 テンリははただ真っ直ぐ、曹少尉機へとダッシュした。一方、曹少尉は最初から左へ回り込んでそのダッシュをかわす。
 中庭の土埃が舞い上がり、視界が一気に悪化した。
 応援の女の子の整備員らは、その土埃に悲鳴を上げ、手で目を覆う。しかしシーモック中佐達AC乗りは、瞬き一つせず、剣戟の行く末を見据えていた。目を開けてさえいれば土埃の向こうにレーザーブレードの輝きが見える。それは曹少尉機がテンリ機を背後から断つ輝きだった。
「三回。腕が鈍ったな」
 漠少尉が呟く。
「慣れない脚だし、こんなもんでしょう」
 徐中尉は土埃が湯飲みの中に入らないよう手で覆いながら言った。
「勝負あり。勝者、曹少尉」
 シーモック中佐がハンドマイクで叫ぶ。
『まだやるかい?』
 曹少尉の声には絶対的な余裕が漂っている。
 一方少年からは不満そうな声が返ってきた。
『曹少尉はこの勝負方法に慣れていまし、機体性能も違います。公平ではありません』
「オレは腕を見せろと言ったまでだ」
『……分かりました。曹少尉! 宜しくお願いします!』
「覇気が出てきたな。いいことだ」
 そしてもう一回やったが結果は同じだった。それでもテンリは諦めない。
『もう一回お願いします!』
 まだまだ少年の声には覇気がある。中佐は「気が済むまでやらせろ」と曹少尉に伝えた。



 昼休みは終わり、隊員達はそれぞれの職場に戻っていく。だがシーモック中佐は昼食も食べずに模擬戦闘を見続けていた。
 緑のACは一方的に何十回となく曹少尉機にやられていたが、テンリは徐々に彼の動きを学習しつつあった。
「当然だ。人間相手のフェンシングじゃそうもいかないが、ACのモーションプログラムには限界がある」
「誰に言っているんですか」
 徐中尉は横目で突っ込む。
「独り言だ。それに少年の方の人工知能も充分学習しただろうしな。そろそろメシにするか。おい、曹少尉。モーションを初期機体値でシミュレートしてやってみろ」
 シーモック中佐はハンドマイクで曹少尉に呼びかける。曹少尉は不満げな声を上げるが、渋々承諾した。
「徐中尉、漠少尉、晩飯賭けないか?」
「いいですけど、賭けになりますかね」
「僕はテンリくんに賭けますよ」
「私もテンリくんです」
「賭けにならんな」
 モーション変更を終えた曹少尉は再び緑のACと対峙する。テンリからは小さな返事だけあった。もう限界が近いのだろう。
 合図の空砲を撃つ漠少尉の耳も限界だ。
 パン。
 乾いた破裂音と同時に二機が動き出す。
 曹少尉機がコンマ何秒出遅れた。機体のモーションプログラムを変更したために生じたミスだろう。しかし曹少尉ほどの手練れであれば修正は効く。また曹少尉自身に焼き付けられた動作は数十パターンに及ぶ。今回は斜め後方に跳んで逃れる。
 もちろん動作を数パターンしか会得していないテンリにとってそれは、見慣れていないモーションのはずだった。しかしテンリは曹少尉機の“立ち会いの変化”に対応し、そのままレーザーブレードを展開、左腕を伸ばしきる。そしてその光の切っ先が曹少尉機のコア装甲を掠めた。
「おう、さすが一二〇点。修正しやがった」
 シーモック中佐が感嘆の声を上げる。
「そこまで。勝者、テンリ」
 徐中尉の判定の声に二機のACは止まった。曹少尉機のハッチが開き、情けないドライバーの声が聞こえた。
「腹減った」
「全くだ」
 そういいながらもシーモック中佐は嬉しそうだ。だが少ししてから考え直したように苦い顔をする。曹少尉機は整備棟に戻り、徐中尉は小さく頷いた。
「そうですね、昼食にしましょう。漠少尉、済みませんが彼の面倒を見てあげてください」
「……? は、はあ」
 一人残った漠少尉だったが、いつまで経ってもテンリ機のハッチは開かない。仕方なく漠少尉はACの踝にあるワイヤーラダーのスイッチを入れ、腰まで上った。そしてハッチの強制開放スイッチを入れる。背部ユニットがアームで後ろに突き出て、普段は装甲に覆われているコアのハッチが開く。
「なるほど、晩飯を賭けようとした訳だ」
 吐瀉物まみれで気絶している少年を見て、漠少尉は頷いた。ACの格闘戦で消耗する体力は想像を絶する。後半は精神力だけで戦っていたのだろう。
「そういや僕にもこんなことあったな」
 漠少尉は苦笑しながらACを操作し、整備棟に戻っていった。

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