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 「ボク、レイヴンになりたいんです」
 その少年はシーモック中佐を見上げ、瞳をキラキラ輝かせた。
「なんだ、このちっこいのは?」
 整備棟で監督をしていたシーモック中佐は、副官の徐中尉に連れられて来た少年を見て露骨に眉をひそめた。少年はこの辺りの民族ではないらしく、蒼い目をしていた。
「AC乗りのテンリです。新疆から義勇兵として派遣されて来ました」
「あのACか……」今朝届いた緑色をした工場出荷時そのままの機体を思い出し、中佐は目を点にした。「まさかこの子供が乗るわけないよな?」
「いえ、乗るのですよ。ACドライバー資質テストでは、一〇〇点満点中推定一二〇点でした」
 徐中尉がレポートを読む。
「その不自然な数字はなんだ」
「シミュレータのレスポンスがプログラム値を上回ったんだとか。だから推定です」
「お前さ、そもそもレイヴンってなんだか知っているのか?」
「AC乗りの傭兵です」
「そうだ。だからよ、なるとかならないとか資格なんかない。単なる蔑称だ。『いつの間にかそう呼ばれちまってる』ものなんだよ。そもそも格好いいもんじゃねえぞ。金で任務を請け負うただの戦争屋だ。止めておけ」
 シーモック中佐は少年の目をのぞき込み、眉をひそめる。
「中佐殿が訝しがるのも無理はありません。だからボクの腕を見てください」
 テンリと名乗った少年はヘルメットを手にして、端のハンガーで組み立て中の緑のACを見た。全くシーモック中佐の言葉を意に介していないようだ。
「……今はACの時代じゃないって分かっているのか? ネクストにかかったら、オレ達なんかタダの動く標的、旧式の兵器だ。このケガだって奴のせいなんだぞ」
「でも新しい兵器ができたからと言って、全ての兵科が駆逐されたわけではないでしょう」
 少年の言うことは正論だった。
 しかしシーモック中佐は言葉を飲み込む。
(それは対抗する兵器が存在する場合だ。オレ達は旧式兵器を切り札として、戦わなければならないんだぞ)
 その思いは自嘲のみならず、悲哀を伴っていた。しかし指揮官としては決してそれを口にしてはならないのだ。
「分かった。腕を見てやろうだがオレはまだACに乗れないんだ。どうしたものかな」
 シーモック中佐は辺りを見回し、整備兵の女の子と雑談している曹少尉を見つけた。
「おい曹、ちょっと来い」
「え、俺ですか?」
 曹少尉は名残惜しそうに女の子に手を振り、シーモック中佐の側まで来た。
「お前、この子と模擬戦やってやれ」
「この子、テンリと言ってね、義勇兵なのさ。中佐は彼の腕が見たいのだそうだよ」
 徐中尉が付け加えたが、曹少尉は首を捻る。
「ですがこんな子供相手に……」
「ボクは子供じゃありません。曹少尉、お願いします」
「良い子じゃないですか」
 曹少尉はジト目でシーモック中佐を見た。
「だから気が進まないんだ。お前、幾つだ?」
「今年で一八才になります」
「東洋人は若作りだな……なんでこんな時代にACに乗りたがるのかわからんが……駄目ならとっとと郷里に帰れよ」
「ありがとうございます!」
 少年は大きく頭を下げた。下げすぎて膝につきそうだった。
 自分の息子ほども歳が離れた少年を見ながら、シーモック中佐は誰にも分からないように小さく嘆息した。徐中尉と曹少尉は模擬戦の準備でこの場を離れ、気がつくと少年はニコニコ顔で中佐を見上げていた。
「中佐殿は何故レイヴンになったのですか?」
「さて、どうしてだったかな」
 シーモック中佐は胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けた。整備棟は禁煙ではないので堂々吸える。ふう、と一息つくと少年が副流煙でむせていた。
「ああ、すまん」
 シーモック中佐は煙草をくわえたまま、松葉杖をついて外に出る。
「ボク、頑張りますから!」
「はいはい。分かったよ、少年」
 シーモック中佐は振り返ることなく手を振り、応えた。



 エチナの機甲部隊は一コロニーの戦力としては大規模だが、ネクストと対峙するにはどれほど戦力があっても足りない。そこで二ヶ月の停戦期間を利用し、戦力の充実を計画した。パックスには内密で旧政府系のコロニーから義勇兵を募ることにしたのである。そして少しずつエチナに義勇兵が渡ってきて、この一ヶ月で人員は倍に増えた。それはアムールへ攻勢をかけられる数だった。

 基地の中庭で二機のACが向かい合う。
 一機は曹少尉の逆関節機体で、もう一機は緑色の出荷時機体だった。
 停戦中で暇を持て余していることもあるだろう。昼休みということもあり、ほぼ全隊員が中庭に集まっていた。
「ただの模擬戦なんだがな」
 天幕の下に置かれた長机で頬杖を突きながら、シーモック中佐はそれぞれACに乗り込む二人を見送る。曹少尉は整備兵の女の子達に手を振っていたが、女の子達は新入りのテンリに黄色い歓声を送っていた。
「年下は母性本能をくすぐるんですか」
 同じく天幕の下でパイプ椅子に座る漠少尉が呆れる。
「オレに訊くな……」
「使いモノになりますかね」
 訝しむ漠少尉の言葉に、シーモック中佐は応えない。隣に座る徐中尉が音を立てながら茶をすすった。
「中佐は使いモノにならなければいいと思っているのでしょう?」
 シーモック中佐はゆっくり口を開いた。
「いや、使える戦力なら喉から手が出るほど欲しいぞ……生き延びられるんならな」
 シーモック中佐はそれ以上何も言わず、胸ポケットに手を伸ばした。
「中佐」
「……人が多いところでは吸うな、か」
 中佐は口寂しそうに緑のACを見上げた。
 ACが兵器市場に現れて十数年が経つ。後に“最初のAC”と呼ばれる機体がこの緑色に塗られていたことから、今でも工場出荷時の機体はどのメーカーのものも緑色に塗られている。中佐が最初に乗った機体も緑色だった。工場出荷時の機体は、パソコンで言えば最も廉価な構成をした、部品交換前提のベース機体だ。そのまま戦場に出すような代物ではない。
 二人ともコクピットに収まり、外部マイクとスピーカーをオンにした。
『準備完了です』
『ボクも大丈夫です』
 シーモック中佐はハンドマイクを手にし、ハウリングが起きないように調節した。
「レーザーブレードの出力を最低にしろ。で、オレと徐中尉が判定するから斬り合ってくれ」
『教導団名物“立ち会い”ですね。懐かしい』
『飛び道具は駄目なんですか?』
「こんな狭いところで使えるかっての。一、二の三で斬り合い。出鼻で決まるぞ」
『分かりました』
 少年は素直に応じた。

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