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「……TVで停戦勧告ですか」
「ふざけやがって!」
 シーモック中佐はテーブルを強く叩いた後、胸ポケットから煙草を取り出した。
「中佐、ここは禁煙です」
 徐中尉が冷ややかな細い目で煙草を見た。
「ああ、分かっているさ! 嫌な時代だ!」
 シーモック中佐は肉包を三個抱えて立ち上がった。
「そんなに持ってどこに行かれるんですか?」
 そう訊く漠少尉にシーモック中佐は苦々しい顔で応える。
「こんなところでメシが食えるか。表で食った方がずっとマシだ」
「そんなもんですか」
 徐中尉の呟きを背に、シーモック中佐は詰所から出て行った。
 画面の中のリンクスはまだ話を続けている。それらの発言はパックスの政治理念や未来像に係わることだったが、残ったAC乗り達にはそれがどうにも空々しく聞こえてならなかった。



 シーモック中佐は詰所を出た後、煙草の前に肉包を食べる場所を探した。何も考えず出てきてしまっただけに、手の中の肉包が邪魔に思えた。
「何がリンクスだ。オレはレイヴンだぞ……くそ、ワタリカラスとヤマネコか。直接戦うには分が悪いぜ」
 シーモック中佐は独り言を吐く。無論リンクスは“Links”『繋がれる者』であり、ヤマネコという意味ではない。だが、世間一般では語感が似るリンクスと掛けるのが普通だ。
 新世代の兵器が現れ、旧世代の兵器を駆逐するのは分かる。戦争の歴史上延々繰り返されてきたことだ。
 だがネクストの登場によって起きたACの世代革新によって生じた戦闘力の格差は異常なほどだ。隔絶していると言っていい。本来なら新型のACが登場したとしてもここまで歯が立たない相手であるはずが無い。だからレイヴンの存在が単なる古きものと淘汰されるのは彼にとってやるせないことだった。
 シーモック中佐が炊事棟の裏を通りかかると、痩せた野良犬が数匹、ゴミ箱を漁っているのに出くわした。
 人間が来たのに気づくと、野良犬は尻尾を円くして炊事棟の角に逃げていく。ゴミ置き場を荒らすというので、炊事隊の隊員にこっぴどい目に遭わされているのを見たことがあった。
 しかし一匹だけ、群れの中で一番痩せた老犬だけはゴミ箱を漁り続けていた。だが若い野良犬達が漁り終えた後で、何も残っていないらしい。それでも老犬は必死にゴミ箱の中に頭を突っ込んでいた。後ろ足に大けがの跡があり、シーモック中佐は納得する。炊事棟の勝手口が開く気配はなかった。
 老犬はシーモック中佐に気づくと、痩せて窪んだ大きな目を向けた。その目は年齢のために濁り始めていたが、人間よりは澄んだ目をしていた。
「よう、一個やるよ」
 シーモック中佐は炊事隊員に見つからないよう小さな声で言うと、肉包を投げてやる。肉包は老犬の足元に転がり、老犬は鼻をつけたが口にしようとはしなかった。
「おい、食っていいんだぜ」
 シーモック中佐は腰を落とし、目線を老犬と同じ高さにして言う。しかし老犬は訝しげに肉包を見るだけだった。
 遠巻きに見ていた他の野良犬が走ってきて、老犬の足元から肉包を咥えてかっさらった。そしてそれを巡って他の野良犬達と争いを始める。シーモック中佐は残りの肉包も投げてやり、争いはやんだ。その間、老犬は様子を静かに見ていただけだった。
 シーモック中佐は無言でその場を去り、基地司令の黄大佐の事務所に向かった。



 一時間後、シーモック中佐らは出撃していた。
 いつも通りの哨戒任務だったが、いつもより数段危険に満ちている。これはパックスの武装解除勧告に対する返答、『単に武装解除は受けない』という意思表示だからだ。何もしなければパックスの巨大な力の前に押し潰されるだけだという上層部の判断なのだろう。
 だがコロニーが潰される前にネクストという強大なローラーに真っ先に磨り潰されるのは軍人だ。あのリンクスに一泡吹かせてやりたい気持ちは大いにあるが、無碍に部下を失いたくもない。
 ネクストがこの哨戒任務を挑発と断定し、出撃してくる可能性もあった。
 いつもと同じ砂漠の道を、いつもと同じメンバーで往く。だがここが戦場である以上、誰かが傷つき、誰かが消えてしまうのだ。
『シーモック中佐、逆関節も悪くないですよ。ありがとうございました』
 曹少尉から無線が入る。
「オレのパーツのお古で悪いな」
『いえ、こうしてまた出撃できるのも中佐のお陰です』
 曹少尉の声は弾んでいた。
 ネクストに被撃墜という憂き目に遭った曹少尉と漠少尉だったが、後にパーツの回収に行き、大部分を回収することが出来た。パーツ不足のコロニーにとっては、とても重要なことだ。だが破損も大きく、特に複雑な四脚は修理に時間がかかるため、漠少尉機の四脚は曹少尉機の四脚パーツを利用して先に修理して動くようにし、曹少尉機はシーモック中佐の私物の逆関節脚を取り付けた。
「恩に着ることはない。誰のお陰でもない。生き残っているのは全て自分の力だ。運も、戦友の助けも含めてな」
『「情けは人のためならず、巡り巡って自分のため」ですよね』
 今回はエチナに残ってオペレートしている徐中尉から無線があった。
「なんだ、それは?」
『格言です。他人に親切にしていると、いつか自分のところに還ってくるものがある、という意味です』
「ということは曹はきっとオレに何かしてくれるというわけだ」
『もちろんです。ついていきますよぉ』
『じゃあお前、あの蒼いネクストが現れてもお尻についていくなよ』
 漠少尉の冷やかしに対し、曹少尉は大真面目に応える。
『いくら俺でもマシンのケツに興味はない』
「ははは、本当に頼んだぞ」
 シーモック中佐は心から笑う。そしてこのまま何事も起きない日々が続けばいいと思う。だがそれが単なる感傷だと知らないレイヴンがいるはずもない。硝煙とエネルギー砲が発するイオンの臭いにまみれることこそ、彼らの真の姿なのだから。
『無人偵察機がアムールのAC隊を掴みましたよ。向こうも修理完了しているみたいです』
 徐中尉からまた無線が入った。
「ネクストは最初っから命を取ろうって気はなかったってことか」
『なめられたものですね』
 漠少尉は憤る。
『パックスを善玉、旧体制の我々を悪玉にしたいのですよ。だから一方的な殲滅はしなかった。そう考えるが自然です。パックスが武装勢力から住民を解放したという形になれば、後の支配が楽になります。アムールとエチナの石油資源はそれほど貴重ということです』
 徐中尉は客観的な解説を入れるが、血気にはやる若者には余り意味がなかった。
『たとえ相手がネクストでも、祖国の灯火は守る。俺はそう決めたんだ』
 曹少尉の言葉を聞き、シーモック中佐は小さく頷いた。
「お前らはお前らなりにやればいいさ。もうすぐアムールの警戒線に入る。地雷があるかもしれん。気を抜くなよ」
 シーモック中佐は僚機に呼びかけた。対人地雷はずいぶん前に全廃されたが、装甲兵器用の地雷は今も現役だ。ACも被害を受けることがある。
 かつて、戦力の乏しいアムールとエチナは双方共にこの砂漠へ地雷を埋設した。ビーコンが効いているウチはいいが、電池が切れると金属探知機でも探し当てるのは難しい地雷だ。今も昔もやっかいな兵器だった。
『アムールのAC隊が止まりましたね……偵察機を回します』
 徐中尉から連絡が入った。シーモック中佐は警戒を強め、砂丘の影に隠れるよう命じる。無人偵察機はアムールのACが地雷を踏み、中破した映像を送ってきたが、それは敵部隊の気づくところとなり、撃墜された。
「気づかれたか……」
 しかし敵も三機だけで、内一機が脚部を破損していた。今なら確実にアムールのAC隊を全滅に追い込める。その後はパックス抜きで有利な停戦交渉に入れるだろう。
『中佐、行きましょう!』
 漠少尉から赤外線短距離無線が入った。
『俺も賛成です』
「じゃあ全会一致ってことで行くぞ! 戦術は打ち合わせ通りだ」
「了解!」
「行くぜい!」
 まず逆関節脚の曹少尉機が先行し、続いて四脚の漠少尉機が後をついていく。逆関節に換装した曹少尉機ではキャノン装備は不利だから、いつもの戦術は使えない。残ったシーモック機は全速前進で作戦領域に急ぐ。
 今回の戦術は先行する二機で一機を追い込み、残った機体をシーモック機が牽制、加勢させないというものだ。
 今回の曹少尉はマシンガンと肩に超小型ミサイルを装備した牽制用装備だ。接近してうまくダメージを与えた後に、中距離からプラズマキャノンの漠少尉機が止めを差す。一方シーモック機はリニアガンにスナイパーライフル、遠距離用FCSに補助レーダーと徹底して遠距離用装備にしてある。
 早くも先行した曹少尉機が交戦距離に入ったらしく、漠少尉機が軽くジャンプして牽制し、曹少尉機の間合いを詰めさせる。
 シーモック中佐はブースタで上昇し、サイトに敵ACを捉え、スナイパーライフルを見舞った。敵ACは突撃してきた曹少尉機に気をとられていたのか正面から被弾し、その間に曹少尉機が残る一機にミサイルとマシンガンの弾丸を浴びせる。弧を描いて曹少尉機が退くと、その直後に漠少尉機のプラズマキャノンが閃光を放ち、一瞬にして敵ACは動かなくなった。
 反撃を許さない圧倒的な勝利だった。
「あとはオレの仕事か」
 シーモック中佐は残る一機をロックオンし、リニアガンのトリガーを引く。
 だがその砲弾は光り輝く球体に遮られ、敵ACを貫くことはなかった。
「……現れやがった」
 それは蒼いネクストだった。
  一瞬で索敵圏外から現れた訳だが、ネクストの機動性能を考えれば数キロ先からでも数秒で交戦エリアに入れる。蒼いネクストはアムールのACとシーモック機の間に入り、粒子装甲を展開させていた。
 今朝TV出演していたリンクスが、あの幼さを残した少女がコアの中にいるのだろう。
『やるせない……』
 漠少尉の落胆した声が響いてくる。
『どうします……中佐?』
 曹少尉の声には諦めモードが漂っていた。
「だからって白旗あげるわけにもいかないだろ? お前らは先に逃げるんだ。装甲が厚いオレの機体の方が少しは持ちこたえられる」
『中佐! そんなことできません!』
 漠少尉が叫ぶ。
「バカ野郎! 少しでも生き残る可能性が高い方を選んでいるだけだ。教導団でそんな口答えしたら、もう後ろから撃たれてるぞ」
『漠、命令に従うぞ!』
 曹少尉機が戻り始め、それに少し遅れて漠少尉機が全力で後退を始める。
 そしてシーモック中佐は頭のどこかで……おそらく理性で無駄だと感じながらもリニアガンとスナイパーライフルを撃ちまくった。
 しかし蒼いネクストは凄まじいばかりのブーストで横に逃げてロックを外す。
 砂漠の蜃気楼を通すとまるで分身でもしているかのように複数の影が残った。
 そうなると補正をかけてもロックすら難しくなる。
 どうやら国家解体戦争の時と、大して変わらない結末が待っているようだ。
「畜生め」
 気がつけば蒼いネクストがモニタいっぱいに映し出されている。
 タンク型では回避行動の間すらない。
 蒼いネクストは月光色のレーザーブレードでシーモック中佐機を断った。

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