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 黄砂が舞わない砂漠の空はどこまでも青い。
 故郷の麦畑の上に広がる空も青かったがここの空はまた別格だ。人が少ないから空気を汚すものもない。たとえ汚しても風が雲と一緒に遠くへ運んでくれる。
 この国では三千年も戦争を続けてきたのに今も懲りていないわけだとシーモック中佐は勝手に理解した気になった。
 胸ポケットから貴重品になった煙草を一本摘み、オイルライターで火を点ける。
 青白い煙が雲になり、風に流れていった。
「中佐殿、いつまで屋根の上で寝ているんですか?!」
 副官の徐中尉が整備棟の軒下から声をかけた。穏やかな様子ではないが、シーモック中佐は逆にそれを聞いて瞼を閉じる。
「知れたコトよ。屋根が熱くなって、ここにいられなくなるまでだ。朝食はまだか?」
「朝食より大変なことになってますよ」
「何! メシより大切なものがこの世にあるというのか?」
 シーモック中佐は半身を起こし、軒下にいる部下を見下ろす。徐中尉は神妙な顔をして開いているのか閉じているのか分からない目を彼に向けた。
「……中佐の場合ニコチンじゃないですか?」
「おう。煙草なしにこの世で生きられる自信はねーな」
「私もお茶なしの人生は考えられませんねえ……って違いますよ! 大変ですよ! ネクストのドライバーが、リンクスがTVに出るってニュース番組で予告してたんです!」
「何ぃいい?! それはオレ達をボッコボコにしたあのネクストのことか!」
「自分から『ボッコボコ』って言うのもどうかと思いますが……」
「うるさい、見に行くぞ!」
 シーモック中佐は梯子で下に降りると機甲部隊の詰所に急ぎ、徐中尉も後を追った。



 エチナ機甲部隊の詰所はコロニー守備基地の外れ、トレーラーのコンテナ内にある。元は移動式の指揮管制ユニットだが、エチナ・コロニーに居を定めて四年が立ち、牽引車とのジョイントは真っ赤にさび付いていた。
 シーモック機の両翼を務める若いAC乗り、漠少尉と曹少尉は詰所の大画面液晶モニタの前のテーブルに陣取って、肉包を食べ、熱い烏龍茶を啜っていた。 漠少尉は舞台俳優のような甘いマスクの持ち主。曹少尉は絵に描いたような熱血体育会系。二人ともAC乗りには見えない妙なコンビだ。しかし二人はかつて旧政府軍の精鋭部隊に所属し、教導団の客員教官だったシーモック中佐に共にしごかれた仲である。
「あ、徐中尉。シーモック中佐殿、席とっておきましたよ」
 漠少尉が詰所に入って来た二人を手招きする。曹少尉は肉包に夢中で、くわえたまま振り返っただけだった。
「おい曹、オレの分はちゃんと残してあるんだろうな!」
 テーブル中央の椅子にシーモック中佐が座ると、曹少尉は卓の下からレタスを一個と肉包が小山になった大皿を出した。
「お茶は適当にご自分でどうぞ」
 曹少尉はヤカンをシーモック中佐の前に置き、また食べ始める。中佐は自分で茶を椀に注ぎ、苦々しげに画面を見詰め、手を肉包に伸ばした。
「いい加減にしろってんだよ」
「パックスですか? 今回の放送はパックスとしてはリンクスを畏怖の対象から救世の英雄に変えたい意図があるからですよ。恐怖政治は長くは続かないですから。政治はいつでも騙し合いから始まるものです」
 マイペースの徐中尉は茶を入れ、手を合わせてから肉包を口にした。
 シーモック中佐は肉包を頬張り、ごくんと飲み込んでから言った。
「違う。メシのことだ。また肉包だぞ。量だけはたんまりあるが、昨日も肉包、一昨日も肉包。三日連続だ。レタスは水耕栽培の工場ものだしな。別のモンを食わせろってんだ」
「中佐が交渉してくださいよ。お偉いさんはいいもの食べているんでしょうから」
 漠少尉はそこまで言ってからシーモック中佐の鋭い視線に気づき、口を噤んだ。
「オレがしてねえとでも思ってんのか! レタスを付けて貰っただけでもありがたく思え」
 これは失礼しました、と曹少尉と漠少尉は頭を下げた。
「ほらほら、始まりますよ」
 徐中尉が大画面液晶モニターを指さし、一同は指の方向に目を向けた。
『今日のモーニング・セクションは特別ゲストをお招きしています。パックス・エコノミカの有する究極兵器“ネクスト”のドライバー、“リンクス”のセーラ・アンジェリック・スメラギさんです』
 朝から脳天気な女子アナが、応接間風セットのソファに腰掛け、笑顔を作っていた。
 四人は目を点にし、眉をひそめた。
「……で?」
 そしてカメラは向かいのソファに座るリンクスを映し出す。
 その映像に四人の口はぽかんと開いた。
 何故ならそのリンクスは、ミドルティーンの美しい少女だったからだ。
 センター分けにした、ナチュラルウェーブがかった短いライトブロンドの髪。
 大きなアーモンド型の明るい茶の瞳。
 そして透き通るような白い肌に、白桃のように輝く頬。
 妖精のようにすらりとした肢体は、白地に赤のアクセントが入ったワンピースに包まれていて、日本の巫女を連想させる。一種神々しさすら漂っているといえよう。
「お、オレ達はあんな子どもに負けたのか!」
 シーモック中佐はいち早く現実に戻り、悲鳴を上げる。続いて漠少尉が頭を抱えた。
「だ、駄目だ。ACの操縦訓練に捧げた僕の青春が崩壊していく……神よ、あの苦しい日々は無意味だったというのですか」
「世界中に嫌悪され、畏怖されているリンクスが実は美少女だったというサプライズ。さすがパックス、イメージ戦略を分かっていますね。これは私も驚きです。ワンダフル」
 徐中尉は、実に彼らしい発言をするが、曹少尉だけは画面を見て頬を赤く染めていた。
「す、すごい可愛い。俺好みだ」
「曹!」
 シーモック中佐と漠少尉にすさまじく冷たい視線を浴び、曹少尉は苦笑する。
「このロリコンが!」
「軍人の風上にもおけないぞ」
「いやあ、つい本音が」
「リンクスの正体なんて誰も知らないんですからタレントに“リンクス”を演じさせているだけかもしれませんよ。ほら、続きです」
 徐中尉は冷静な発言で場を鎮め、また四人で画面を食い入るように見る。TVの中では女子アナがインタビューを続けていた。
『どちらのご出身なんですか』
「んなこたあ、どうでもいい」
「中佐、TVにツッコミ入れないでください」
『イタリア半島です。育ちは東欧ですが。スメラギという名前は日本の名前で、研究所長がつけてくださいました』
『研究所というとネクストの研究所ですか?』
『ネクストを動かせるのは極めて限られた人材だけです。ですから正確にはその人材を訓練する研究所です。今日も研究所では数多くの候補生達が世界に平穏をもたらすために辛くて厳しい訓練を続けています』
「僕にもリンクスの適性があれば……」
 漠少尉は拳を握る。
「パックスの狗になるか?」
 シーモック中佐は横目で漠少尉を見、漠少尉は反論する。
「僕ならこんな世界にしない。それだけは言える」
「それは無理ですよ。あの子だってほら、彼女なりの正義で戦っている」
 画面の中の少女は台本を読んでいるとは思えない熱い語り口で言葉を続けていた。
『私がこの地方に派遣されたのは長く続く内戦を終わらせるためです。戦争を続けていては砂漠は広がり、人々は飢えるばかりで、貴重な資源も浪費してしまいます。つい先日もパイプラインが破壊され、何千ガロンもの原油が砂漠に呑まれました。こんなことをいつまでも許していてはいけません』
『アンジェリックさんはその時発生したエチナとアムールの交戦の最中、出撃されたのですよね。今日はその時の映像をみなさんにお見せしようと思います』
 女子アナの言葉を聞き、四人はそれぞれ複雑な顔をした。
「……ここで流すか」
 シーモック中佐は眉をひそめる。
「見たくない、見たくない」
 漠少尉は目に手を当てる。
「私は中佐達の機体に残っていたデータしか見ていませんから興味深いですね」
 徐中尉は面白そうに顎に手を当てる。
「あの子があれに乗ってたのか……」
 夢見るような口調で曹少尉が言うが、また二人に睨まれて苦笑した。
 そして画面は鳥瞰視点に移り、ただひたすら広い砂漠を映す。その中に幾つかの点とチカチカと輝く砲火が見えた。アムールとシーモック中佐達の戦いだ。おそらく無人偵察機から撮った映像だろう。
 その後、蒼いネクストが現れ、曹少尉機と漠少尉機が次々とやられ、最後にシーモック中佐機がやられた。
「……こんな気分でこの映像を見ているのはオレ達だけだろうな」
 シーモック中佐の呟きに徐中尉が応える。
「大丈夫。アムールの連中も同じ気持ちですから」
「ぜんっぜん救いにならん」
『……この場を借りて武装勢力のみなさんにお話したいことがあります』
 画面の中のリンクスは立ち上がり、カメラの正面に立つ。そして両手を祈るように組み、レンズの向こうの視聴者を見つめた。
『お願いします。お互い武器を捨てて手を取り合い、この地域に平和を取り戻してください。そうすれば暮らしは必ず良くなりますし、パックスはその努力を無駄にはしません。どうか武装を解除して、パックスの停戦調停を受けてください。停戦意志を示せばパックスは必ずそれに報います。どうかお願いです。これ以上の血を流さないでください」
 美しきリンクスの瞳には照明のライトが映り、キラキラ輝いていた。
 四人は呆気にとられ、しばらく何も言えなかったが、徐中尉だけが茶をすすった後、ようやく言葉を発した。

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