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 手ぶらでは帰れなくなったアムールのAC部隊は後退をやめ、ジグザグ機動でシーモック機に迫り始めた。
「今回は相手しないぜ」
 シーモック中佐はクローラのペダルを踏み込んで後退する。しかしタンク型は遅い。その内、漠少尉と曹少尉が合流して援護射撃でアムールのAC部隊の足を止め、一息つく。
(巧くいった……いや、行き過ぎだ)
 生き延びる傭兵には必ず備わるそれが、彼にレーダーのスイッチを入れさせた。そして上空二千メートルに滞空する航空機を発見する。
「漠少尉! 曹少尉! 散れ!」
 シーモック中佐は叫び、部下二機はその意図の把握に苦しみながらも、彼の命令を瞬時に実行した。
 航空機から何かが射出され、それは自由落下速度で降下を始める。シーモック機のメインカメラはレーダーが示すそれを映像として捉えた。見慣れぬ人型兵器だった。
『なんですか、あれは!』
 漠少尉が無線で叫ぶ。
「パックスの死神だ! 全力で逃げろよ!」
 シーモック中佐はヘッドホンのスピーカーが割れんばかりの大声を張り上げた。
 上空からスナイパーライフルの銃弾が降り注ぎ、アムールのACとMTが稼働不能になっていった。
『中佐! 味方じゃないんですか?』
 曹少尉から無線が入る。
「バカ! あいつがそんなありがたいモノの訳ないだろう!」
 そして大破したACとMCの群の中に、それは降り立つ。鋭角なラインで構成されてはいるが、明らかに従来のACと異なったデザインだ。レイヴンであれば各メーカーのパーツを熟知している。しかし今、モニタに映し出されているそれに既存のパーツは一つもない。ネクストに違いなかった。
 砂漠の地平線に立つ蒼いネクストは、右腕のスナイパーライフルを撃ってくる。
 ロックオン警告はなかった。
 シーモック中佐はブースタで回避を試みるが、間に合わず被弾。だがタンク型の強靱さが幸いし、戦闘続行可能だった。
『中佐! ご無事ですか? 後退してください! 漠、左右からとりかかるぞ』
 曹少尉機が漠少尉機と戦隊を組み、鋼色のネクストに立ち向かっていく。
「お前ら! 命令を無視する気か!」
 しかしシーモック中佐の制止も聞かず、二機の四脚ACはネクストに立ち向かう。左右に分かれ、スナイパーライフルを確実に命中させるが、ネクストの周囲を覆う薄く輝く何かに銃弾は阻まれ、損傷は与えられない。
 その次の呼吸でネクストは動き出した。
 オーバードブーストで最初は滑るように動き出したネクストは、すぐに秒速二七〇メートルに達する……亜音速だ。
 ネクストはすぐに漠少尉機の眼前に迫った。漠少尉も距離をとろうとしたが、ネクストは振り切れない。優れたスピード性能を持つ四脚型に補助ブースタというアセンブルでも、ネクストには太刀打ちできないのだ。
 蒼いネクストはスナイパーライフルで漠少尉機の足を止める。そしてブレードを生成して漠少尉機を斬り、大破させた。
「曹! 逃げろ! 勝てるはずがない!」
『逃げられません! ここで逃げたら俺達、もうどこにも逃げる処はないんですから!』
 曹少尉は漠少尉機に止めを刺して動きを止めた蒼いのネクストに突っ込んでいく。
 逃げられないのなら正面から行くしかない。
 肩部武装のミサイルを放ち、ネクストと漠少尉機を引き離す。
『おおおおおお!』
 曹少尉は叫び、ネクストに近接攻撃を仕掛けるが、返す刀でコアから下を両断される。
「だから勝てないって言ったのによ」
 ネクストの圧倒的な戦力はこの五年間で広く知れ渡っている。漠少尉と曹少尉も自機との戦力差を知っていたはずだ。それでも二人は立ち向かった。
「……そう言や、俺ももう逃げる処がないんだったな」
 蒼いネクストはゆっくりとシーモック機に向かっている。
 その身に不可思議な光を纏い、自分は決して傷つかず、悠々と狩りを楽しんでいた。
「許せるかよ」
 シーモック中佐は前進のレバーを引き、クローラのペダルを踏み込んだ。そして鋼色のネクストをロックオンするや否や、大口径エネルギー砲とミサイルを撃ち、そのまま突進をする。
 エネルギー砲とミサイルは全弾命中し、ネクストは炎に包まれた。しかし次の瞬間には光のシールドがはっきりとした形を見せ、ネクストに損傷がないことが明らかになった。
 ネクストは再びオーバードブーストを使用し、シーモック機に迫ってきた。
「もう一丁!」
 シーモック中佐はありったけの武装を解放し、ネクストを叩く。だが結果は同じだ。
 目前に姿を現したネクストはシーモック機の右腕と肩の大口径エネルギー砲をブレードの一薙ぎで持っていく。次はコアだろう。
(……終わったか)
 そう半ば以上諦めた時だった。
 迫撃砲の攻撃がネクストとシーモック機の周囲に次々と着弾した。
 衝撃と爆風で砂が一面に舞い上がり、モニタを殺す。シーモック中佐はこの隙にネクストとの距離だけはとった。
『中佐殿! 砲弾をありったけ撃ってますから今の内に離脱してください』
 徐中尉からの無線が入った。
「バカ! 後退しろって命令したろうが!」
『バカはお互い様です』
「徐、手前、生き残れよ!」
『いざとなったらMT捨てますから』
 シーモック中佐はレーダーで曹少尉機と徐少尉機の位置を確認、そして回収用のワイヤを発射し、二機のコアをロック。すると不要なアセンブリが緊急排除され、コアだけになる。二人共、息があるらしい。シーモック中佐はワイヤーを巻き上げながら後退し、迫撃砲の攻撃範囲から逃れた。
 しばらくすると迫撃砲の攻撃が止んだ。
 ネクストの追撃はなかった。迫撃砲の攻撃を止めるために移動したのだろう。
 徐中尉達が逃げ切れるといいのだが、とシーモック中佐は祈るような気持ちになった。
 そしてシーモック中佐はACを停め、部下のコア二機を確かめた。ハッチを強制排除して救助すると、二人共に嘔吐物まみれになっていたが、生きていた。
「中佐がガランガラン引っ張るからですよ。オレ達、結婚式で使う車の空き缶ですか?」
 二人はそうシーモック中佐を責めた。
「生きていたんだからいいだろうが」
 シーモック中佐と二人の部下は笑う。
 そして頃合いを見てMT隊を待機させていた涸れ川に向かう。涸れ川は砲撃を受けたように爆発で掘り返されていたが、MTの姿はない。スクラップになったMTもなく、うまく逃げたのだろうかと三人が思っていると、谷の砂地からMTのセンサが現れ、三人は思わず声を上げた。シーモック機で砂の斜面を掘り返すと無傷のMT隊が現れる。
 二脚型MTのコクピットから現れた徐中尉は相変わらず飄々とした面もちをしていた。
「中佐一行様はご無事でしたか」
「お前もな。お陰で助かったよ。つーか、お前、どうしてこんなことになってんだ?」
「逃げられないなら隠れるしかないでしょう? 砂地掘って隠れて、ジェネレータを切っていれば、砂の熱がうまく赤外線センサから機影を隠してくれますからね。金属探知器を使われたらとひやひやしましたが」
「よく蒸し死にしませんでしたね」
 漠少尉が感心しながら言うと、徐中尉は得意げに答えた。
「砂の中は意外と温度が低いものです。日陰の砂地で昼寝すればよく分かります」
「なるほど、その手があったか」
 シーモック中佐は屈託なく笑う。
 久しぶりに、心の底から笑った。
 そしてニヤリとすると三人に言った。
「全員無事で何よりだ。だが必ず次があるぞ。覚悟して行くほかないからな」
「分かっていますとも、中佐殿」
 徐中尉の応えに、漠少尉と曹少尉も頷く。
 シーモック中佐は故郷から遠く離れた砂漠の青い空を見上げ、拳を固く握りしめた。

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