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黄砂を含んだ風が窓ガラスを叩いていた。
 砂嵐がこう長く続くと太陽光発電パネルの機能が低下し、冷房もままならない。それは司令室とて例外ではない。
 扇風機を「強」で回し続け、黄司令は決裁の書類に目を通していた。額の汗を拭い、ペンを走らせ、熱い中国茶を飲み、仕事に没頭する。中でも石油パイプラインの損耗状況には頭を悩ませていた。こうも戦闘が続くと保守隊に割く戦力も不足する。
 黄司令は机の上を指で叩き、席の前の応接セットに目を向けた。
「シーモック中佐。何故、今、そこでくつろいでいるのか説明して貰おうか」
 黄司令はソファに寝そべり、寝息を立てている男を詰問した。
「ここが基地内で今、一番涼しいからです」
 シーモック中佐はゴシックペーパーを顔の上に載せたまま答えた。くたびれた旧軍の制服をルーズに袖を通し、ブーツも磨かれた様子はない。服装チェックにどれ一つ合格しそうにないが、肩には中佐の階級章がある。
「あいにくいつも昼寝している弾薬庫は空調機が修理中でしてね。お邪魔ですか?」
「仕事中に目の前で昼寝をされたら誰でも気分よくないわい」
「ごもっとも」
 シーモック中佐はゴシックペーパーを折り畳み、立ち上がる。無精ひげを生やし、伸ばした頭髪を無造作に後ろでまとめている。軍人崩れの山賊といった風体だ。
「君の方は仕事は済んでいるのかね」
 黄司令はシーモック中佐を細い目を更に細くして、糸のような目で睨んだ。
「砂嵐がこう長く続くと棚上げばかりです。部下には出来る限りの整備をさせていますが、砂が噛むと性能が下がりますからね」
「そんなことは分かっている。少しでも部下を鍛えてやってくれ。君がここにいるのはそのためなのだから」
 シーモック中佐はくしゃくしゃになった帽子をポケットから出し、被る。
「どれほど鍛えても奴には勝てませんよ」
「君も聞いていたか」
 黄司令は表情を露骨に曇らせる。
「T34でM1A2に立ち向かうようなもんです。俺達のACとは世代が違うんですよ」
「次に来るもの(ネクスト)……正に名は体を成す、か。実際に戦った君がそういうのだから、そうなのだろうな」
「戦った?」シーモック中佐は眉をひそめる。「あれはそういうものではありませんよ……一方的に薙ぎ倒されたんです。奴が鎌を持った農民なら、こっちは畑の麦ですよ」
「だが、それでは困る。我が国の最後の灯火を消すわけにはいかない。分かるだろう?」
 シーモック中佐は黄司令に背を向け、扉の前に立った。
「ついに企業連合体(パックス)がこの紛争に介入するって噂は本当なんですね」
「絶対口外するなよ。士気にかかわる」
「それはお約束します……ですが、どこに着地点を設けるかの判断はお任せしますよ」
「お偉いさん達の言うことより、現実を見た判断を、か? ……勝てない、それを前提にどう有利に交渉を結べるか……」
「期待しますよ」
 シーモック中佐は司令室の外に出ると、室内礼をしてから去った。
「傭兵(レイヴン)風情が……」
 黄司令はそう言ってから、シーモック中佐がそれとなく情勢を確かめに来たのだと気付く。彼なりに善処しようとしているのか、それとも逃げだそうとしているのか。
「どう転んでも結果は変わらないだろうが」
 黄司令は嘆息する。
 今や世界のほとんどを支配するパックスに立ち向かえるものなどない。
 祖国の残り火と言っても良いこのコロニーも蹂躙される日が来た、それだけのことだ。
 黄司令はシーモック中佐のことを思う。彼の祖国はもう影も形もない。そして何を思ってこの大陸の東の果てまで来たのか、一切語らない。しかしレイヴンとしての彼の腕は教導団の主席教官級であり、有用な人材ではあった。だからこそ外国人でありながらコロニー守備隊の副官として厚遇していた。
「祖国がなくなっても、か」
 その点だけは、同じ軍属として黄司令も思うところがあった。
 エアコンが急に効き始める。砂嵐が去ったのだ。黄指令の汗は急に引いていった。



 この地方の国家は一世紀以上中央集権制を維持していた。が、沿岸部と内陸部の貧富の差が激しくなるに連れて地方政府が独自性を強め、それぞれ地方軍を抱き込み、自然の成り行きとして内戦に突入した。内戦は大小併せて足かけ三年に及び、多くのレイヴンが名をあげる戦場となった。
 そして世界の他の地域でも、宗教対立と資源の奪い合いでテロと内乱にまみれていた。
 戦争は経済を疲弊させる。それが世界中に蔓延すれば、誰もそれを止められなくなる。
 当時、世界経済が破綻することは誰の目にも明らかであり、もはや一刻の猶予もならない事態に推移しつつあった。
 それは武器を供給する側である企業にとって完全なる破滅である。そして手遅れにならない内に、企業は決断した。
 己自身で世界の舵を取る。
 それが後に国家解体戦争と呼ばれることになる紛争であった。
 この戦争は各国家にとって完全に虚を突かれた形となり、また新型AC(ネクスト)の圧倒的な力も合わさって、パックスは僅か三十日で新しい秩序を築いた。
 しかし絶対的に駒の数が足りず、パックスは各地方に政府軍の残党が幾つもの派閥を築くことを許した。このエチナ・コロニーもそんな軍閥の一つだった。

 シーモック中佐は異国の砂漠を通路の窓から眺めた。昼寝の内に砂嵐は去っており、黄砂を被って根元が埋もれた油井塔をMTと人の手で掘り返しているのが見えた。
 ここはかつての国境に近い、油田の街だ。
 パックスも油田への飛び火を恐れて強硬な戦略に乗り出さず、エチナは今も独自の産出計画で原油を供給している。
「なんでこんな処まで来ちまったのかなあ」
 シーモック中佐はぼやき、整備棟へと急ぐ。
 整備棟の中では黄砂の掃除とACとMTのチェックが行われていた。
「完璧にやっておけよ! 俺はまだ死にたくねえからな!」
 シーモック中佐は整備班員に声をかけ、数台並んだACハンガーの前を歩く。そして自らのアーマード・コアを見つけると、立ち止まって見上げた。
 シーモック中佐の愛機は重砲撃装備のタンク型で、もう十年来のつきあいになる。アフリカ、ロシア平原、東欧、中国大陸と各地を渡り歩いてきた相棒だった。彼は今、コア部分の装甲が外され、燃料電池稼働時の余熱を使った発電タービンユニットを換装されているところだ。
 シーモック中佐は整備班員の仕事ぶりを眺め、拳を緩く固める。
 ネクストが来る……正面から戦えば被撃墜は免れない。ネクストと従来型AC(ノーマル)にはそれほどの戦力差がある。
 ならば何のために戦うのか……
「オレみたいになって欲しくはないからなあ……お前もそう思うだろ?」
 シーモック中佐は胸ポケットから煙草取り出し、火を点ける。紫煙は静かに立ち上り、そしてゆらゆらと消えた。
「中佐殿〜〜!」
 整備棟の入口から甲高い声がした。振り返ると副官の徐中尉が小走りで駆け寄ってくるところだった。
「整備棟では走るなと言っているだろうが」
「中佐こそ、ここは禁煙ですよ」
「固いこというなよ。で、なんだよ慌てて。また給与の未払いか?」
「いえ! パイプラインが爆破されたとの連絡が入りました!」
「そういうことは先に言え!」
「中佐が先に、走るなと言い出しましたが」
「そうだったか……? ま、その、なんだ、砂嵐だったってのにご苦労なこったな。全機、出られるように元に戻しておけ」
「了解しました」
 徐中尉は大声を出して整備班に命令を伝える。整備班員は不平の声を上げたが、シーモック中佐の鋭い一瞥で整備棟の中は静まりかえる。シーモック中佐は煙草を投げ捨て、踏みつけると、司令室へ戻った。

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